受け入れる事を考える。

今、エジプトの砂漠を車で走っている。

昨日、今日と12日で白砂漠に行ってきた帰りだ。乗車しているのは、エジプト人の運転手、メキシコの通訳者、フランスの学生2人、日本人の旅人2人。

 

白砂漠はエジプトのカイロから500キロ離れたオアシスからさらに100キロほど車を走らせた砂漠のど真ん中にある。当初の予定では全く行く予定がなかったが、せっかくの機会なので日本人の旅人に便乗して参加する事となった。

 

砂漠のど真ん中でエジプト式のテントを張り、食事を作り、星空の下で夕食をとる。真っ白の砂漠はまるでSF映画を見た光景そのものだ。その大昔、ここは全て海だった。それがゆっくりと地殻変動し、長い時を経てこの白砂漠になったという。

 

夕食をとった後は、焚き火を囲んでゲームをする。負けたやつは当然罰ゲームだ。エジプトの砂を使ったならではのゲームに大の大人達がはしゃぐ。結局全てフランス人の学生が負けて大笑いした。

 

終わった後はお待ちかねの星空タイム。今までいろんなところで星空を見てきたが、ぶっちぎりで綺麗だった。見れば見る程、星は増えていく。天の川はくっきりと現れ、流れ星は数分置きに流れた。自分達の地球だってこのたくさんある星の中の一つだ。70パーセント海でできているこの惑星は別名水の惑星と呼ばれる。他の惑星の人達からみれは、自分達は水の惑星の宇宙人なわけでいる。今この瞬間にも、他の惑星からこの地球を眺めている人達がいてもおかしくない。

 

今この世界でいろんか問題が起きている。

地球温暖化、大気汚染、環境汚染、シンギュラリティ、そして戦争。

 

いつも思っていた事がある。

それは

「俺は他の人とは違う」

という事だ。

 

俺は他の旅人と同じ事はしない。俺は他と違う食べものを食べる。他の人と同じ仕事をしない。俺は他の日本人とは違う。俺は環境汚染をしていない、俺は人を殺していない。。。。

 

あげればキリがない。そして、いくら自分がそう叫んだとしても何も変わらないのだという事に気付いた。いくら変えようと思っても、旅人と同じルートを通っているし、肉だって食べる。日本人という事実は変えられないし、生物も殺した事はある。もう自分をコントロールする事はできないのかもしれない。もしかしたら変えられない運命なのかもしれない。そう感じる事がある。

 

じゃあどうすればいいのだろうか?

それはいっその事「受け入れる事」なのではないだろうか。

俺が日本人である事実は変えられない。

俺が育った環境は変えられない。

俺に刻まれている魂は変えられない。

俺が生まれた惑星は変える事ができない。

 

だからそれら全てを「受け入れる。」日本人として生まれた事を受け入れ、日本人の良いところを活かして生きるように。地球人として生まれた事を受け入れ、この水の惑星を活かして生きるように。他の惑星の人達に、「水の惑星のやつらは素晴らしい」と言われるように。もっとこの惑星を美しい光で放ちたい。

 

地球で生まれた生物は皆同じだ。

この「同じだという事を受け入れる事」が重要なのではないだろうか。